2018年1月17日 (水)

ことば質取て利に利を押て行

ことば質取て利に利を押て行

「言葉質」(ことばじち)は、人の言ったことをのちの証拠として取っておくこと。
ただでさえ有利な立場が言質を取ってさらに有利になるよう念を押していくということでしょうか。
すっきりしません。   

  

うつらから餌をくふよふに首を出し

「鶉」は歌舞伎の鶉桟敷。東西桟敷の階下の席。鶉籠に似ています。
そこの観客の様子がうずらみたいだと詠んでいます。   

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2018年1月15日 (月)

桧扇のふさて子猫を御てうあい

桧扇のふさて子猫を御てうあい

「桧扇」は宮中で用いられた木製の扇。
源氏物語で、飛び出した子猫が綱を引っ掛けて御簾を開けてしまい、蹴鞠をして休んでいた柏木が女三の宮を垣間見ることになります。
女三の宮は桧扇の房で子猫を遊ばせて寵愛しただろうと。   

  

あれさもふ其名代しやおつせんよ

吉原の新造は客が重なった花魁の代理(名代)に出て客の話相手だけすることがあります。
花魁も来ないのに客は金だけ取られますが、名代に手を出してはいけないのです。
この句は、手を出そうとした客に対する新造の言葉です。   

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2018年1月13日 (土)

金箔の付くのハ疵のある娘

金箔の付くのハ疵のある娘

昔は傷に金箔を貼る治療があったようです。
そのことと持参嫁の持参金を掛けています。   

  

しつぱりとしたハ赤穂の國家老

「しっぱり」は、十分に手落ちのないように行うさま。(日本国語大辞典)
大石内蔵助です。
ただそれだけでしょうか。すっきりしません。   

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2018年1月11日 (木)

下女の大関湯殿山にかゞみ山

下女の大関湯殿山にかゞみ山

「大関」 は、同類中もっとも傑出しているもの。(日本国語大辞典) いまでいう何かの「横綱」。
「下女の横綱」は湯殿山と鏡山だと。
「湯殿山」は大伝馬町佐久間家の伝説の下女お竹。湯殿山行者と羽黒山伏に大日如来の化身と告げられます。湯殿山大権現は大日如来。
「鏡山」は歌舞伎の鏡山物。局に草履で殴られる恥辱を受けて自害した中老の尾上に仕える下女のお初が仇を討ちます。
力士のしこ名仕立て。   

  

麥わらの蛇すいの當る不二歸リ

邪推に蛇すいの字をあてました。
陰暦六月一日、浅草富士権現祭礼参詣のお土産に藁細工の蛇を買ってきましたが、近くの吉原へいったのではないかと女房に邪推されました。
実は当たっていると。   

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2018年1月 9日 (火)

蛇のこけは弐十七枚目にへげる

蛇のこけは弐十七枚目にへげる

「こけ」は鱗(こけら)。
北条高時は鎌倉幕府北条九代の最後になります。
北条氏家紋は三つ鱗で、時政の江の島弁天参籠で現れた大蛇の残した鱗が由来です。
三枚を九代、二十七枚で鱗が剥げて(へげて)しまったと。   

  

男共旦那の釜を二度かりる

盆と暮れの二回借金で首が回らぬ時、独り者は釜まで質入れしてしまって、親方に釜を借りないと飯も炊けないということでしょうか。
   年に二度旦那の釜を借て焚 三二・22
別解がありそうです。   

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2018年1月 7日 (日)

庭訓ハ花の頃からつるけ出し

庭訓ハ花の頃からつるけ出し

「庭訓」は寺子屋の教科書の庭訓往来の略。
寺子屋は二月の初午に入門。
最初は真面目だが桜の頃にはずるけ出すと。   

  

ふみ出しハ蚯蚓の多い筆の道

書道も始めた頃はみみず文字。   

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2018年1月 5日 (金)

鳩の住御門礼義に三度打チ

鳩の住御門礼義に三度打チ

江戸城門の見附(見張り番所)での光景のようです。
「下坐見」の打つ拍子木。
「下坐見」(げざみ)は、城門や番所の下座台で大名や老中などの通行を知らせ諸人に下座の注意を与える足軽です。   

  

八人の口から獅子は子をゑらみ

大奥の、将軍が使う御錠口と長局(奥女中)が使う七ツ口を合わせて八人の口と詠んだのでしょうか。
大奥から将軍の跡継ぎが。
(ちょっと自信がないです。別解がある気がします。)   

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2018年1月 3日 (水)

摺鉢の頭ぬけ瀬戸物町て見へ

柳多留五二篇16丁

摺鉢の頭ぬけ瀬戸物町て見へ

日本橋室町の瀬戸物町には瀬戸物屋が多くありました。
また、富士が見えました。
富士山を擂鉢の特大と詠みました。   

  

異國迄灰汁て洗た蛇の目也

「蛇の目を灰汁(あく)で洗う」は、鋭いへびの目をさらに灰汁で洗う意で、善悪を明らかにする、物事を明白にするたとえ。
蛇の目の紋所の加藤清正は小西行長らと文禄・慶長の役に出兵しましたが、そのことを詠んでいます。   

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2018年1月 1日 (月)

切張の譽れ明るく世に殘り

切張の譽れ明るく世に殘り

松下禅尼は障子の切り貼りを手づからして北条時頼に倹約を伝えたといいます。(徒然草184段)
そのことを詠んでいます。   

  

不受不施を小町斗ハ立通し

「不受不施」(ふじゅふせ)は、法華宗以外の信者からは施物を受けず、また施しもしないという趣意。(日本国語大辞典)
小町不犯伝説。   

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2017年12月30日 (土)

千兩も三分も見へる團扇見世

千兩も三分も見へる團扇見世

「三分」は吉原で昼三と呼ばれる高級遊女のことです。
ブロマイドにもなる団扇の絵。
千両役者も三分の最高級遊女もいると。
安い団扇に高金額で揃えました。   

  

古今大キなどふさらい禹王する

「古今」(ここん)は、昔から今に至るまで並ぶものがないこと。
禹は中国の伝説的な帝。
彼が黄河の治水に打ち込んだのを未曾有の大きな溝浚いと詠みました。   

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2017年12月28日 (木)

日歸りの雛には桃の實を上ル

日歸りの雛には桃の實を上ル

土用干しで雛人形を一日だけ出しました。
ひな祭りでは花だった桃は実がなった頃です。   

  

稲の霍乱ヤレ其角〳〵

「霍乱」はここでは日射病の意。
宝井其角は三囲稲荷の雨乞いの句「夕立や田をみめぐりの神ならば」でにわか雨を降らせたといいます。
稲の霍乱は日照りです。
それで其角を呼べと。   

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2017年12月25日 (月)

弓となる親は矢たけに子を思ひ

弓となる親は矢たけに子を思ひ

「矢長(やたけ)に思う」は、心が勇み立ってあせる、気がもめていらだつ意。(日本国語大辞典より)
弓が矢を射るように世間に子を送り出した親の心境でしょうか。
別の解があるかも。   

  

二日にハ母の手あつひ恩をうけ

陰暦二月二日に灸をすえると、「二日灸」といって年中息災であるといいます。
   かあいさのあまり泣かせる二日灸 五九・16
   二日にハ母も子のため鬼になり 七一・34
子のためを思って灸をすえるのですが。
手厚いと熱いの洒落です。   

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2017年12月23日 (土)

千本の松ハ神慮の大仕掛

千本の松ハ神慮の大仕掛

菅原道眞没後五十年して威徳で京都の北野天満宮に一夜にして千本の松が生じたという千本松の伝承があります。
天神様が仕組んだ大仕掛けだと。   

  

雲の上ても師匠には留られる

雷神と化した菅原道真に師匠の法性坊が立ち向かったことを詠んでいます。   

 

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2017年12月21日 (木)

骨ッきりぬれて哥道が身にしみる

骨ッきりぬれて哥道が身にしみる

「骨っきり」は、精いっぱい、一所懸命。(日本国語大辞典)
太田道灌は雨宿りに入った家で山吹の古歌を知らなかったことから歌道に励みます。
「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)一つだになきぞ悲しき」   

  

松嶋へうつすりとした雲なひき

松島は仙台を暗示しています。
仙台藩主伊達綱宗に仙台高尾(三浦屋二代目高尾)はなびきませんでしたが、薄雲太夫(姿海老屋とも三浦屋とも)は綱宗に身請けされました。
そのことを詠んでいます。   

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2017年12月19日 (火)

夏の月戸さゝぬ御代の高咄

夏の月戸さゝぬ御代の高咄

 「とざさぬ御代」は、戸締りをしなくても安心していられる御代の意で、太平無事の御代。(日本国語大辞典より)
徳川様の治世で治安が良いから、暑い夏の月夜でも戸締りもせず大声で話しができると。   

  

杜若折ルハ二タ藍三重たすき

二藍三重襷は宮中の夏の直衣の染め方のようです。
八橋でかきつばたの折句を詠んだ在原業平はその格好でたすきがけだったろうと。
「唐衣着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」
折句と実際に折るのを掛けています。   

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2017年12月17日 (日)

忠孝は五常の道にくたひれす

忠孝は五常の道にくたひれす

「五常」は、儒教で人が常に行うべき五種の正しい道。通常、仁義礼智信をさす。(日本国語大辞典)
道と草臥れるは縁語。
忠孝ははいってないということでしょうか。
すっきりしません。
この句は宿題です。   

  

直な氣の冠はゆかむ梨の下

「直」(すぐ)は、心がまっすぐで正しいさま。(日本国語大辞典)
 「李下に冠を正さず」は、疑いをかけられる行動は避けるべきというたとえ。
李はすももですが、古川柳では梨下とされることもあります。
正しい者の冠は正されないのでゆがんだままだと。   

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2017年12月15日 (金)

二人リ連いくのゝ道て汗に成リ

二人リ連いくのゝ道て汗に成リ

小式部の「大江山いく野の道の遠ければまだふむもみずあまのはしだて」。
それを踏まえてのバレ句でしょうか。   

柳多留五二篇15丁

  

書替へる二字は天下を照らす山

日光の地名は二荒山を弘法大師が「にこう」と読み、日光となったといいます。
そのことを詠んでいます。   

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2017年12月13日 (水)

我尻ハいわすに帶を短かがり

我尻ハいわすに帶を短かがり

自分の尻が大きいだけで。   

  

水膠弐三本さす村の娵

この句わかりませんでした。  
「水膠」(みずにかわ?) が不明です。
「娵」は、嫁。
この句は宿題です。   

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2017年12月10日 (日)

茶のみ友達といつてるが未た〳〵

茶のみ友達といつてるが未た〳〵

連れ添いに先立たれたお年寄りに異性の友達ができたと。
本人たちは茶飲み友達などといっていますが、まだまだ色気がありそう。   

  

六づきて見なと女房弐百かけ

この句わかりませんでした。
「六突き」といって、九十六文を百文として通用させる場合がありました。(銭一緡九十六文で百文通用) 
「かけ」の意味が不明です。
女房ですから、正月の家庭内博打かとも思いますが、わかりません。
二百文といっても八文足らないわけですが。
この句は宿題です。   

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2017年12月 8日 (金)

摺子木をうつちやりていしゆ筆を取

摺子木をうつちやりていしゆ筆を取

女房と間男の現場に踏み込んで、亭主が三行半を書くというのでしょう。   

  

強い雨御番葛篭に首がはへ

この句わかりませんでした。
「御番葛篭」(ごばんつづら)が不明です。
雨よけにそれを頭に載せるというのでしょうが。
何か御番の職務の人のお供の持つ葛篭でしょうか。
この句は宿題です。   

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